「できない」から始めることが、組織も人も強くする|代表取締役・田中茂裕インタビュー
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2026.3.17
セルインタラクティブ代表の田中茂裕は、自らを「最初からできたことがほとんどない人間」だと語る。
音楽に打ち込み、挫折を経験し、デザインの世界に入ったのも決して早いタイミングではなかった。
それでも、気づけば会社を立ち上げ、組織を率いる立場にいる。
その背景には、一貫した価値観がある。「できない状態から、どう前に進むか」という感覚だ。
幼少期の原体験、音楽からデザインへの転換、アルバイトから始まった出会い、そして分社化という決断。
田中がどのようにして今の仕事観にたどり着き、これからどこへ向かおうとしているのかを聞いた。
一人で楽しむことが、当たり前だった
— まずは、幼少期の頃から伺ってもいいですか。どんな子どもでしたか?
田中:友達も割といましたが、どちらかというと一人で遊ぶのが得意な子どもだったと思います。絵を描くことが好きでしたし、雨の日はラジオを一日中聞いていたり、小学生時代はRPGのゲームが大好きで。プラモデルを改造したりもしていましたね。
— 外で遊ぶというより、自分の世界に没頭するタイプだった。
田中:そうですね。誰かと競うというより、自分の中で楽しみを見つける感じでした。
— ただ、小学生の頃は人前に出ることも好きだったとか。
田中:そうなんです。友達とお笑いライブみたいなことをやったり、ラジオから録音したMIXテープを配ったり、漫画を描いて配ったり。今思うと、周りを楽しませたいという気持ちは強かったんだと思います。
— 「作ったものを誰かに渡す」という行為は、その頃からあったんですね。
田中:言われてみるとそうですね。自分の中だけで完結するというよりは、「これ面白いでしょ?」って共有したかったのかもしれません。
最下位から始まった、価値観の原点
— 人生の中で、価値観に影響を与えた出来事はありますか?
田中:中学生の頃の陸上部ですね。最初の大会で、1500mの選手として出場したのですが、ダントツのビリだったんです。
— かなり衝撃的な経験ですね。
田中:はい。自分の成果が数字で可視化されて、しかも最下位だった。あれは結構ショックでした。たぶん、今でもどこかにコンプレックスとして残っていると思います。
— そこからどう変わっていったんですか?
田中:悔しくて、地道に練習を続けました。結果的に横浜市でもそれなりの成績を出せるようになって。そこで初めて、「最初にできなくても、積み重ねれば結果は変わるんだ」と実感したんです。
— その感覚は今にもつながっていますか?
田中:かなり強くつながっていますね。自分が打ち込んできた陸上も、音楽も、デザインも、仕事も、全部最初は不得意や苦手から始まっているんです。でも、ちゃんと向き合い行動すれば少しずつ前に進める。その感覚が自分の中の基準になっています。
— 逆に言うと、最初からうまくいっていたら今の田中さんではなかった。
田中:そう思います。最初からできていたら、たぶん努力する理由を知らないままだったと思います。

音楽にのめり込み、社会との距離を知った
— 学生時代は音楽にかなり打ち込んでいたそうですね。
田中:はい。20歳くらいまでは、本気でプロを目指していました。生活の中心が完全に音楽でしたね。
— そこからデザインに進むのは大きな転換だったと思います。
田中:そうですね。音楽にのめり込めばのめり込むほど、逆に社会との距離を感じてしまって。「このままだと、自分は社会とつながれないかもしれない」と思ったんです。
— 挫折に近い感覚だった。
田中:そうだと思います。自分には無理なんじゃないか、と初めて思いました。ライブハウスのキャパを埋めるためのノルマのために、1500円のチケットを友達に買ってもらうのにも早いうちに限界が訪れました。
— そこから、どのようにデザインと出会ったのでしょうか。
田中:21歳になったくらいですね。デザインって、自分の解釈と解決策が相手のためになって、それが商売になるんだと気づいたんです。それまでの自分は、社会を全く意識していなかった。大学に入って数年してからようやく、「社会と関わる」という感覚を持ち始めたんだと思います。
— 少し遅いスタートだった、と。
田中:かなり遅かったと思います(笑)。でも、自分にとっては必要な時間だったんでしょうね。
「なんとなく入った会社」から始まったキャリア
— セルディビジョンへの入社は、どんな経緯だったんですか?
田中:今思うと本当にお粗末で……地元の横浜駅がオフィスで、通いやすかったからです(笑)。セルディビジョンとの出会いは23歳の9月。アルバイトから始まり、実は1ヶ月程度ですぐに辞めてしまったんです。もっと広告の仕事をしたかったからという理由で他の会社の内定を優先するという理由で、一度すぐに辞めてしまいました。
— 正直ですね。
田中:セルディビジョンに応募したきっかけは、当時のWebサイトを見て、不思議と未完成な雰囲気を感じたんです。「ここなら入れてもらえるかも」と思っていて。
— その後2010年に正社員で戻るんですよね。実際に入社してみてどうでしたか?
田中:最初はアルバイトでした。夏に入社したんですが、当時エアコンが壊れていて(笑)。先輩と汗を拭きながら働いていました。服部さんはタオルを頭に巻いてましたね(笑)。
— なかなかハードなスタートですね。
田中:部室って感じでした。でも、その後10月になりすぐにオフィスが移転したんです。そのときのワクワク感は今でも覚えています。会社が次のステージに向かっているいるような感覚があって。
— 成長の実感があった。
田中:はい。そのときに、「進化している瞬間」ってすごくワクワクするんだなと知ったんです。それ以降、苦しくても不安でも、変化している環境の方をポジティブに捉えるようになりました。

2008年当時セルディビジョン移転仕立てのオフィス(ぐうはうす)

2010年当時移転したオフィス(スカイメナー横浜)
好きではなかったWebが仕事になった理由
— 入社当初からWeb領域を担当されていたんですよね。
田中:そうですね。Webチームからのスタートでした。正直に言うと心から好きな仕事ではなかったです。自分はグラフィックや写真表現のようなビジュアルワークが好きだったので。
— それでも続けた理由は?
田中:単純に、やる人がいなかったからです(笑)。気づいたら自分がやることになっていて。
— そこから専門性が生まれていった。
田中:プロジェクトの数をこなしていくうちに、スキルも知識も増えていきましたし、だんだん情熱やこだわり・使命感みたいなものも出てきました。もともと学生の頃から雑誌や書籍など、エディトリアルデザインが好きだったので、情報を設計するという考え方がWebとつながった瞬間があったんです。思えば情報デザインやメディアアートを専攻してたことが、生かされていることに気づきます。
— 「表現」から「設計」へ。
田中:そうですかね。表現は軸にありながら、それ以外にも設計面でどう伝わるか、どう使われるかを考えるようになりました。
分社化という、想定外の転機
— セルインタラクティブ設立の経緯を教えてください。
田中:2018年の秋のことですね。実は2018年ぐらいは、次のステージに行こうと思っていたんです。つまり転職です。
— かなり大きな決断の直前だった。
田中:はい。ちょうどそのタイミングで、グループ代表・セルディビジョン創業者の岩谷から分社化の話をもらいました。最初は不安しかなかったです。自分にできるのか、と。だから一回やんわり断ったんですよね。事業部から始めたほうがいいとか。責任をもつ自信がなかったです。
— すぐには決断できなかった。
田中:かなり悩みました。周りの友人にも相談しましたし。そのときに大学の旧友から「誰にでもあるチャンスじゃないから、ダメ元でやってみたら?」と言われて。それが最後の後押しでした。
— 振り返ってみて、あの決断はどうでしたか?
田中:勇気が要りましたけど、やってよかったと思いますし、当時の岩谷さんにずっと感謝しています。自分の意思だけでは絶対に選ばなかった道なので。

2018年当時オフショア開発を検討していた時のメモ書き
「できないこと」に飛び込む面白さ
— これまでのプロジェクトや経験の中で、「セルインタラクティブらしい」と感じるものはありますか?
田中:ここ10年でいうと、大型のWebプロジェクトもそうですし、個人事業のWeb案件や、上場企業のWeb案件、母校の多摩美術大学の映像もそうですが…。記憶に強いのは、High in Japanや、エコルとごしや九州陶磁文化館といった、これまでに無かった映像プロジェクトやインタラクティブコンテンツのプロジェクトですね。経験したことのない領域に飛び込んで、失敗しながらも結果を出していく。そのプロセスがすごく好きなんです。
— 未知の領域に挑戦する。
田中:分からないことだらけなんですけど、プロとして仕事を請けた以上、結果は出さなければいけない。期待を超えたい。その緊張感の中で、関係者全員が全力を尽くす時間って、とてつもなく濃いんですよ。
— 通常の業務とは違う時間感覚。
田中:そうですね。マニュアル化された仕事とは全然違う。強烈な体験として残ります。ああいう時間があるから、また次も挑戦したくなる。
— ただ、それが合わない人もいる。
田中:いますね。正直、しんどいと思います。でも、自分はチャレンジすること自体に価値があると思っていて。新しいことに挑戦しているときのアドレナリンみたいな感覚や学習量や質は、なかなか普通の仕事では得られない代えがたい経験だと思ってます。
今、会社はどこにいるのか
— 今、セルインタラクティブはどんなフェーズにあると思いますか?
田中:これまでは、とにかくがむしゃらに突き進んできた時期だったと思います。いろんなことに挑戦して、芽が出たものもあれば、すぐ枯れてしまったものもある。
— ここからはフェーズが変わる。
田中:そうですね。これからは、土壌や器を見直して、持続的に循環する環境をどう仕組み立てて構築するかが重要になります。デジタルという枠の中で何でもやる、という時期は一度終わったと思っています。
— 原点回帰に近い?
田中:過去に舞い戻ろうというわけではないですね。未来を観測し、これからの時代や社会に適応するために、何を捨てて、何を残すのか。これからの社会にとって必要な組織であり続けるために、本質的にどう成長して進化するかを見極めるタイミングですね。
「相互の未来を豊かにする」ということ
— 最後に、これからのビジョンについて教えてください。
田中:「相互の未来を豊かにする。」という言葉を掲げています。事業の成長や新しい挑戦ももちろんありますが、僕の中で一番重要視していることは、この組織の中にいる一人ひとりが、自分の夢や目標を実現できる土壌をつくることだと思っています。
— 組織のあり方そのものですね。
田中:トップの価値観に皆が合わせるだけの組織は長く続かないと思っています。それぞれが自律して動きながら、方向性が自然と重なっていく状態が理想です。
というのも、仕事って、やらされている状態だと長くは続かないんですよね。自分自身が面白いと思えているかどうかがすごく大事で。その面白さが周りにも伝わっていくことで、結果的に関係が長く続いていくんだと思います。
— グループが掲げている考え方にもつながりますね。
田中:そうですね。自分自身のキャリアがそうでした。楽しんでつくったものの方が、やっぱり誰かに伝わると思うんです。その積み重ねの先に、自然と共感してくれる人が増えていく。今はまだ途中ですが、そういう状態に近づいていけたらいいなと思っています。
— これから入社を考えている方へメッセージをお願いします。
田中:セルインタラクティブは完成された組織ではありません。だからこそ、自分の挑戦がそのまま会社の形になっていきます。
もしこの記事を読んで、少しでも共感する部分があったなら、一度フラットに話してみたいですね。そこから何かが始まるかもしれません。
